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千葉公園の概要


千葉公園は、大賀ハスの見られる池とその池を取り
囲むように大きく育った緑が魅力的な約16haの総合
公園です。

千葉都市モノレール「千葉公園駅」下車すぐ、JR千
葉駅から歩いて10分という千葉市の中心街にあり、
市を代表する公園として親しまれています。

大賀ハスは、昭和26年千葉県千葉市検見川(現・
千葉市花見川区朝日ケ丘町)にある東京大学検見
川厚生農場(現・東京大学検見川総合運動場)の
落合遺跡で発掘された、今から2000年以上前の古
代のハスの実から発芽・開花したハス(古代ハス)
のことです。

AERAによると、平成の歌姫こと宇多田ヒカル(光)
さんが、このハスを見に千葉公園に足を運んでいた
ということが書いてありました。きっと、癒し効果が
あるのでしょうね。

【施設概要】
 綿打池・貸しボート
 大賀ハス・蓮華亭
 お花見広場
 遊具広場・運動広場
 荒木山
 四季の花壇・ふれあい広場
 好日亭

【スポーツ施設】
 体育館
 野球場
 プール

【千葉公園の歴史】
 千葉公園の辺りは、江戸の昔、佐倉・堀田藩領
(千葉寺・寒川村)と旗本・中山勘解由の領地(作
草部村)との入会地(共同作業地)になっていまし
た。
 その頃は、アシなどが生えた沼地同然のところ
だったと言われています。
 明治41年(1908年)、旧陸軍は、ここに鉄道連隊
を設けました。その後、大正7年10月(1918年)、津
田沼に鉄道第二連隊ができると共に、名称も鉄道
第一連隊と変わりました。
 鉄道第一連隊の兵士たちは、この辺一帯の演習
作業場で、鉄道の保守、新設、修理をはじめ、敵地
での鉄道の破壊訓練も行っていました。
 現在でもそのなごりが公園事務所脇のコンクリー
トのトンネルや綿打池脇のそばに橋脚として残って
います。
 終戦後の混乱期には、園内にある樹木のほとん
どは切り倒されて燃料になってしまったり、敷地の
一部は食糧難を補うための菜園にまでされたといい
ます。
 その後、市民の憩いの場、県都にふさわしい公園
とするため、戦災復興都市計画事業の一環として昭
和24年(1949年)から公園整備にとりかかり、順次、
施設を整えてきた結果、今日のような市内でもっとも
身近な公園になりました。


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